「蓮が元気に育っていますね」
「ええ……見ているだけで、元気な力をいただけそうです」
二人は蓮池にある橋を渡りながら、話をはじめた。
「ひゐろさんは、オートガールの仕事はお好きなんですか?」
「もちろんです!さまざまな方と話ができるので、見識が広がります。それに、たくさんの場所に訪れることもできます。これほど良い仕事はないですよ」
「何度も訊くようだけど、知らない男性と二人きりで過ごすのは怖くないの?」
「大丈夫です!心配はいりません」 iamjamay.wordpress.com
先日、仕事で出会った弘というお客様のことは、口が裂けても言えるはずがない。ひゐろは、心配はないと言って貫き通した。
「三重吉さんにはオートガールをしていることを伏せておくし、今日の話は聞かなかったことにします」
「……すみません。お手数をかけます」
「ただ、三重吉さんは私が運転することができることを知って、『ときどき、ひゐろのお迎えをお願いしたい』といわれています」
「……ええっ!父がそんなことを!必要ないですよ、お迎えなんて。孟さんも勉学でお忙しいのに」
「きっと、ご心配なのでしょう。まぁときどき、お迎えに参ります。勉学の息抜きになるし。オートガールのお迎え役で、僕の隣に座ってもらう」
ひゐろは、クスッと笑った。
「……とりあえず今日は、散歩を楽しみましょう!」
孟はひゐろを連れ、芝公園内の芝丸山古墳へ行った。
「孟さんは士族出身だから、我々と暮らし方が違うのではないですか?我が家での下宿生活は退屈でしょう?」
ひゐろは、孟に訊ねた。
「明治の頃に比べ、士族であることの特権はありません。世の中も、そうなりつつありませんか?下宿で勉学を行うには非常に静かな環境で、食事もおいしい。申し分ないです」「……そうですか。そうおっしゃってくださって、うれしく思います」
「士族であるのは、先祖がたまたまそうだったというだけの話です。もちろん先祖は大切に思っていますが、今やそれを話す機会もありませんし。ひゐろさんの一家は、誠実な方々ばかりだと感じています」
「ありがとうございます」
ひゐろは、孟が士族であることで優越感を持ち、話しづらい人間だと思っていたことを恥じた。
芝公園を歩いている間、孟とひゐろは、お互いの家庭環境について話をした。
孟は長州藩のの家系のようで、厳しい教育を受けたようだ。
姉が二人と兄が一人、弟が二人の六人兄弟であることもわかった。
ひゐろも小さい頃親から受けた教育や、家族の出来事などを話した。
三重吉は小学校の教員だということもあり、非常に厳しかったと。
孟とこのような話ができるようになるとは、思いもよらなかった。
孟はひゐろを、銀座の口入れ屋まで送った。
「仕事は遅くても、十七時くらいに終わります。今後もしお迎えに来てくださるなら、服部時計店の時計台の前で待ち合わせをしましょう」
「了解。今日も時計台で待っているよ。いっしょに帰ろう」そう言って、孟は車を走らせた。孟と芝公園に行き、いっしょに帰った夜。
ひゐろは、今日一日のことを振り返り、一人自室でその余韻に浸っていた。
「……ひゐろ、良い?」
「どうぞ」
ひゐろの部屋の襖を開けたのは、母の民子だった。
「今日は、孟さんに送ってもらったのね。お父さんが喜んでいたわよ」
「……なぜ、お父様が喜ぶの?」
「安心なんじゃない?孟さんもいっしょだから」
「……そう」
「昨日は、珠緒さんとお茶をしていたようね。孟さんが話していたわ」
「……うん、まぁ」
ひゐろは、生返事でごまかした。
「孟さん、良い人でしょう?将来をされていて、しかも優しい」
「そうね」
「……それじゃ、おやすみなさい」
民子はひゐろの反応がないため話を切り上げ、ひゐろの部屋を出た。
今日のひゐろは、ちょっと変ねと思いながら。