「蓮が元気に育っていますね」

Le 23/06/2024

「蓮が元気に育っていますね」

「ええ……見ているだけで、元気な力をいただけそうです」

二人は蓮池にある橋を渡りながら、話をはじめた。

「ひゐろさんは、オートガールの仕事はお好きなんですか?」

「もちろんです!さまざまな方と話ができるので、見識が広がります。それに、たくさんの場所に訪れることもできます。これほど良い仕事はないですよ」

「何度も訊くようだけど、知らない男性と二人きりで過ごすのは怖くないの?」

「大丈夫です!心配はいりません」 iamjamay.wordpress.com

先日、仕事で出会った弘というお客様のことは、口が裂けても言えるはずがない。ひゐろは、心配はないと言って貫き通した。

「三重吉さんにはオートガールをしていることを伏せておくし、今日の話は聞かなかったことにします」

……すみません。お手数をかけます」

「ただ、三重吉さんは私が運転することができることを知って、『ときどき、ひゐろのお迎えをお願いしたい』といわれています」

……ええっ!父がそんなことを!必要ないですよ、お迎えなんて。孟さんも勉学でお忙しいのに」

「きっと、ご心配なのでしょう。まぁときどき、お迎えに参ります。勉学の息抜きになるし。オートガールのお迎え役で、僕の隣に座ってもらう」

ひゐろは、クスッと笑った。

……とりあえず今日は、散歩を楽しみましょう!」

孟はひゐろを連れ、芝公園内の芝丸山古墳へ行った。

「孟さんは士族出身だから、我々と暮らし方が違うのではないですか?我が家での下宿生活は退屈でしょう?」

ひゐろは、孟に訊ねた。

「明治の頃に比べ、士族であることの特権はありません。世の中も、そうなりつつありませんか?下宿で勉学を行うには非常に静かな環境で、食事もおいしい。申し分ないです」「……そうですか。そうおっしゃってくださって、うれしく思います」

「士族であるのは、先祖がたまたまそうだったというだけの話です。もちろん先祖は大切に思っていますが、今やそれを話す機会もありませんし。ひゐろさんの一家は、誠実な方々ばかりだと感じています」

「ありがとうございます」

ひゐろは、孟が士族であることで優越感を持ち、話しづらい人間だと思っていたことを恥じた。

芝公園を歩いている間、孟とひゐろは、お互いの家庭環境について話をした。

孟は長州藩のの家系のようで、厳しい教育を受けたようだ。

姉が二人と兄が一人、弟が二人の六人兄弟であることもわかった。

ひゐろも小さい頃親から受けた教育や、家族の出来事などを話した。

三重吉は小学校の教員だということもあり、非常に厳しかったと。

孟とこのような話ができるようになるとは、思いもよらなかった。

孟はひゐろを、銀座の口入れ屋まで送った。

「仕事は遅くても、十七時くらいに終わります。今後もしお迎えに来てくださるなら、服部時計店の時計台の前で待ち合わせをしましょう」

「了解。今日も時計台で待っているよ。いっしょに帰ろう」そう言って、孟は車を走らせた。孟と芝公園に行き、いっしょに帰った夜。

ひゐろは、今日一日のことを振り返り、一人自室でその余韻に浸っていた。

……ひゐろ、良い?」

「どうぞ」

ひゐろの部屋の襖を開けたのは、母の民子だった。

「今日は、孟さんに送ってもらったのね。お父さんが喜んでいたわよ」

……なぜ、お父様が喜ぶの?」

「安心なんじゃない?孟さんもいっしょだから」

……そう」

「昨日は、珠緒さんとお茶をしていたようね。孟さんが話していたわ」

……うん、まぁ」

ひゐろは、生返事でごまかした。

「孟さん、良い人でしょう?将来をされていて、しかも優しい」

「そうね」

……それじゃ、おやすみなさい」

民子はひゐろの反応がないため話を切り上げ、ひゐろの部屋を出た。

今日のひゐろは、ちょっと変ねと思いながら。

 
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