やがて信勝の全身から力が抜けると、前後の刀が引き抜かれ、彼の身はドッと音を立てて床の上に崩れ落ちた。
河尻は信勝の首筋に手をあてがい、その生死を確認すると
「──急ぎ、殿にご報告を」
次の間の外に身を潜めていた恒興に、抑揚なく告げた。
雨の降り頻る憂鬱な空を、信長は御殿の縁に座して、何とも暗澹(あんたん)とした面持ちで眺めていた。
針のように細かく降る雨の向こうに、うっすらと北櫓が見える。
信長はそれを灰色の瞳で見つめながら、寝息の如く静かな溜息を漏らした。
そこへ「──殿」と、衣擦れの音を立てつつ、濃姫が歩み寄って来た。
信長は虚ろな目でやって来た妻を一瞥する。保濕精華推薦2024 | 編輯實測8款好用保濕精華 冠軍清爽快吸收
「……何用じゃ?」
「お方々が櫓の方から戻って参られたと伺いましたので」
「…信勝の末路を伺いに参ったのか?」
濃姫は深刻そうな表情で、ゆっくりと頷いた。
信長はその虚ろな目を再び庭先に戻すと
「 “万事、滞りなく相成り候” それが、恒興の報じゃ」
無感動に呟いた。
「津々木某は先に櫓の中に潜んでいた青具の手によって斬殺。信勝も、同じく最上部にて潜んでいた河尻と、後から駆け付けた青具両名の手に落ちた」
「……左様にございますか」
「出来れば信勝には、武士らしく自害の道を選ばせてやりたかったが、
突然のことで狼狽したのであろう、信勝の抵抗が激しく、自害を促す暇もなかったそうじゃ。
そんな信勝が、最後に残した言葉は『兄上』であったそうな。……ほんに皮肉なものよのう」
信長の目元に、心労を思わせるような深い皺が寄った。
濃姫は返す言葉もなく、ただ黙って夫の横顔を眺めている。
「ひどい男じゃと思うておるであろう? 同じ母から生まれし実の弟を、何故手にかける必要があったのかと。
なれど…致し方なかったのだ。あやつは儂が与えてやった恩を、仇で返そうと致したのじゃ。
どうして二度も謀反を起こそうとする者に、更なる情けなどかけられようか」
「───」
「今ひと度 目を瞑(つむ)ってやっても、あやつはまた謀反を企てるであろう。それを望む臣下と、それを決断へと導く、信勝の心の弱さがなくならぬ限りは」
「…殿…」
「今川がいつこの尾張に攻め込んで来るか分からぬ時分に、かつての美濃のように内乱を引き起し、国力を弱める訳にはいかぬのじゃ。
不要な芽は、見つけ次第摘み取らねばならぬ。……それが例え、血を分けた親兄弟であっても」
何かに耐えるように信長はグッと奥歯を噛み締めると
「…信勝。以前は、賢く、善良で、ほんに絵に描いたような良き弟であったのに………何故……何故このようなことになってしまったのであろうのう」
沈痛な面持ちで呟き、そして静かに項垂(うなだ)れた。
そんな儚く、萎れ切ったような信長の姿を目にし、濃姫は思わず居たたまれない思いになった。
この日の前日、ようやく信長の口から事のあらましを聞かせられた濃姫は、正直 戸惑いの色を隠せなかった。
信勝の再度の謀反画策もそうだが、そんな彼を騙し討ちにしようという、夫の密かな策略に、姫はどうしても納得が出来なかったのだ。
何せ相手は実の弟。
本当に命を奪う必要があるのか?
まだ話し合いの機会は残されているのではないか?と、