後ろに広がる典麗な前庭を背景に、最初に居間のとっつきに現れたのは、今や姫君の専属侍女となっているお菜津であった。
「おお、参ったか!…早ようここへ。ここへ連れて参るのじゃ」
上座から信長が告げると、お菜津は深く一礼を返してから
「ささ、こちらへお越し下さいませ。皆様がお待ちにございます──奇妙様」
と、横にいる奇妙丸に入室を
すると、興味深げに御殿のあちらこちらに目を向けながら、奇妙が部屋の前にやって来た。
やがてその目に、室内にいる信長たちの姿が映ると、奇妙はハッとなって居間の下座に控え
「これは、父上様。──様」
信長、濃姫、報春院と、上座の三人に順々に頭を下げていった。【改善脫髮】四招避開活髮療程陷阱,正確生髮! -
「よう参ったな奇妙。まさかそちをここへ招く日が来ようとはな」
「父上様」
「どうじゃ、驚いたか? かような所に御殿があるなど、思いもよらなんだであろう」
「はい、実に驚き入りましてございます。まるでからくり屋敷のようで」
「そうか。はははっ、からくり屋敷のようか」
「はい。 ……して父上様、ここは、いったい何なのでございますか?」
「ここか? ここはのう、今こうして集うている我らだけが知る、隠し御殿じゃ」
「隠し御殿?」
「そなたの妹が住まう御殿じゃ」
そう父から告げられて、奇妙はきょとんと首を傾げた。
「妹…? 妹とは、どの妹のことにございましょうか? 奇妙には妹が何人もおります故」
「そなたのが産んだ、妹のことじゃ」
信長がが妻を一瞥して告げると、濃姫も心持ち顎を引いて、奇妙に向かって小さく微笑んだ。
「養母上様が…お産みになった?」
「そうじゃ。お濃が産んだ娘じゃ」
信長はそう言って、傍らの濃姫と軽く目を見合わせると
「実はな、奇妙──」
と、これまでのを有り体に語り始めた。
不育の病を乗り越えて、ようやく出産に至った姫がいること。
その姫に片方の手足の欠損があること。
姫の存在は密事であり、この隠し御殿で秘かに暮らしていること等を、信長は静かに語った。
奇妙はそれを、まるで夢物語でも聴くような心地で伺っていた。
が、やがて信長が一通りの事情を話し終えると、奇妙は急に現実的な表情になり、狭い室内をきょろきょろと見回し始めた。
「…それで父上様、なのですか?」
「ん?」
「その姫は何処にいるのですか?」
「おお、姫にうてみたいか」
「はい。奇妙の妹ならば、是非とも会うてみとうございます」
「奇妙殿…」
息子の明るい返答に、濃姫は大きな安堵を得ると
「お菜津。襖を開けて差し上げよ」
「はい、お方様」
お菜津に命じて次の間の襖を開けさせた。
襖がすーっと横に開くと、な金刺繍の衣を纏った姫君を抱いて、
一歩ずつ、ゆっくりとした足取りで次の間の奥から出て来た。
「須賀殿、さ…、こちらへ」
三保野はすかさず立ち上がり、須賀がちょうど奇妙の正面へと座れるように補助した。
「有り難う存じます」と三保野に礼を述べると、須賀は姫を抱いたまま、目前にいるであろう奇妙に軽く頭を下げた。
「奇妙様にご挨拶申し上げます」
「…そなたは?」
「お初におめにかかりまする。私、姫君様の乳母を務めております、須賀と申しまする」
「姫の──左様にございましたか」
「目が不自由にございます故、行き届かぬ点も多ございますが、姫君様の御為に誠心誠意、
日々懸命に相務めて参ります故、何卒よろしくお願い申し上げます」